青少年や小さい子どもが何か問題を起こした時、さすがに今では単一の何かに責任を押しつけるような論法は減っているが、テトリス的に問題視されるような何かが起こった時に必ず見られるのは「すべての子どもがそうだというわけではないが」というエクスキューズつきで、理解しがたい言動には決まって「何が原因でこうなったか」という短絡的な問題提起がついてまわる。グレイスゲームを分解していくと、それでもコンピュータゲームの悪影響に触れないことはまずないだろう。その世代全体の問題としていともたやすく一般化されることが多いのはどういうことだろうか。グレイスゲームの詳細をお伝えすると、そして、しかし結局話を一般化しようとする言い方だ。